新世紀エヴァンゲリオン 第四話 「雨、逃げ出した後」 【解説】

第四話 「雨、逃げ出した後」

碇シンジが家出をするお話です。

雨の第3新東京市

碇シンジは学校に行かず、ずる休みを続けているようでした。

葛城ミサト :
「家出か...。無理も無いわね」

ずる休み5日目の朝、碇シンジを起こすために葛城ミサトが碇シンジの部屋に行くと、そこには碇シンジの姿はありませんでした。

主のいない部屋は綺麗に片付けられ、机の上にはネルフのIDカードとミサトに宛てた手紙が置かれていました。碇シンジが絶対に帰って来ないと言う決意で家出をしたのかどうか、その本心は分かりませんが、少なくとも表面的には中学生が気軽に行うそれと言うよりは「本気の家出」であるように見えました。

葛城ミサトのマンションには学校に顔を出さない碇シンジを心配した相田ケンスケと鈴原トウジが様子を見に来ていましたが、葛城ミサトは2人に対して碇シンジがネルフの訓練施設にいると嘘を付いていました。

行く当てがなく彷徨う碇シンジ

第3新東京環状第7号線車輌内に碇シンジの姿がありました。碇シンジは制服姿で携帯音楽プレイヤーを聞きながら終電になるまで電車に揺られていました。アナウンスでは第3新東京市第7環状線と言っていたので同じ線路の上をグルグルと周っていた事になります。

終電になり、碇シンジは「帰らなきゃ」と言って電車を降りた後、朝まで上映を行っている映画館で時間を潰します。最初は上映されている映画を見ていましたが、その後は上映室の外のベンチで朝まで横になっていました。

碇ゲンドウが碇シンジを受け入れようとしない中で碇シンジの居場所を用意してくれているのは葛城ミサトしかいません。碇シンジは終電時に「帰らなきゃ」と呟いていましたが、葛城ミサトが与えたその場所も自分が帰る場所だとは思っていない碇シンジにとっては帰る場所などどこにも無いようです。

(これで葛城ミサトが肉親であれば、例え、厳しくあろうが理解をしてくれなかろうが、(優しく理解ある事を期待し、そうで無い事に不平不満を抱きながらも)そこが碇シンジの「帰る場所」となっていたのかも知れません。ですが、葛城ミサトは他人ですし、肉親である碇ゲンドウは碇シンジを受け入れようとはしていません。碇シンジが本当に望んでいる「帰る場所」はこの世には無いのだと思います。碇シンジが帰る場所を見付けるためにはある程度の妥協が必要なように思います。ただ、そうやって見付けた場所は本当に欲していたものとは違うので不満足が残ります。また、碇シンジは他人に受け入れられる事ばかりを求め、自分から他人を受け入れようとせず、自分が妥協するよりも相手に妥協を求める傾向があります。相手に合わせて生きている素振りを見せながら、それでは満足が得られず、心の奥では自分が何もしなくても相手が自分に合わせてくれる事を期待しているのだと思います。そのためか、より良い環境や人間関係を相手に与えて貰う事ばかりを考え、自分から、または相手と一緒になってそれを作ろうとする事はしません。ですので、例え一時的に妥協はしても自分の望んだ環境が相手から与えられなければ再び同じように「ここは自分の居場所では無い」とその場所から去って行く事もあると思われ、単純に妥協しただけでは解決にならないように思います。他人との関わり方から変えて行かなければならないのでは無いかと。)

映画館で上映されていた映画は、出ていた看板や映画の内容からして「セカンドインパクト」の映画だと思われます。

朝を迎えて映画館を後にした碇シンジはバスに乗って第3新東京市郊外の山へとやって来ます。そこでも行く場所など無く無目的に歩いているだけのようでした。

葛城ミサトと碇シンジ 1

第4使徒シャムシエルとの戦闘後の回想場面。

葛城ミサトは命令(後退命令)を無視した事で碇シンジを叱っていました。しかし、碇シンジは無気力にどうでも良いような返事を繰り返しているだけでした。

葛城ミサト :
「そうやって表面だけ人に合わせていれば楽でしょうけどね、そんな気持ちでエヴァに乗ってたら死ぬわよ」

碇シンジ :
「いいですよ、そんなの」

葛城ミサト :
「いい覚悟だわ、と言いたいとこだけど、褒められると思ったら大間違いよ、碇シンジ君」

碇シンジ :
「褒められるも何も、どうせ僕しか乗れないんでしょ。乗りますよ」

ここでの碇シンジは相手に合わせてはいますが、それは自分の意思を放棄している事を見せ付けようとしているだけのいじけた態度であり、相手を怒らせるばかりでした。

これを碇シンジが処世術(人と上手く付き合って行くための手段)として用いているつもりならば、それは処世術としては有効だとは言えないのでは無いかと思います。また、これが処世術として有効に働いていると思っているのなら、そうでは無い事になぜ気が付かないのかが不思議です。一方、有効では無いと気が付いていながら使っているのなら、何の解決も生み出さないだけで無く、自滅行為だと言えると思います。自らの意思を伝えずに相手に合わせる事によって本意とは違う状況を自ら招いてしまっていますので。

「相手の言う事には素直に従う」と言う処世術に関してはここでの碇シンジはそれを捨ててしまっているようです。元々、それほど良い処世術のようには思えませんでしたし、そのようなものは捨てても構わないとは思いますが、その代わりに「相手の言う事に嫌々従う」態度を見せている事からすると、意識的にしろ無意識的にしろ既に処世術云々の段階では無いのだと思います。

もし、相手に自暴自棄の姿を見せて優しくして貰おうとしているのなら、それも余り有効な手段だとは言えないのでは無いかと思います。碇シンジに優しくしたくてどうしようも無い人間の前では自暴自棄になっている姿を見せるのは有効かも知れませんが、そうで無い人間(こちらが世の中のほぼ全て)の前で「自らの意思は示さないが、その中からでも優しさや助けや理解を求めている事を察し、それに応じて適切な態度をとって欲しい」と言うのであれば...それは中々叶う事では無いように思います。自分では何もせずに(意思すら示さずに)相手に一方的に何かを期待しているだけでそれが得られるほど世の中は甘くは無いのでは無いかと...。碇シンジの場合は先ずはそれを認識しなければならないように思います。例え目を背けたくとも。(碇シンジよりも年齢が低く人生経験の少ない姫が世の中を語るのも可笑しな話かも知れませんが。)

相田ケンスケと碇シンジ

夕暮れ。ススキの茂った野原で相田ケンスケが一人で軍隊遊びをしているところに家出中の碇シンジが通り掛かります。相田ケンスケは碇シンジに声を掛け、碇シンジはその声に足を止めていました。

相田ケンスケは軍隊遊びをしていた野原で野営し、行く当ての無い碇シンジもそれに付き合っていました。

夕食時。相田ケンスケは碇シンジが葛城ミサトと一緒に暮らしている事やエヴァンゲリオンに乗っている事を羨ましがっていました。

UN軍の航空機の模型を持っていたり、エヴァンゲリオンの事を知りたがったり、一人で軍隊遊びをしていたり...相田ケンスケは軍事関連に強い興味を持っているようでした。

碇シンジとの話の中では相田ケンスケには母親がいないようでした。

碇シンジはその日の夜は相田ケンスケのテントで眠りに就きましたが、次の日の朝、碇シンジを探してやって来たネルフ保安諜報部によって本部へと連行されて行きました。

葛城ミサトと碇シンジ 2

本部へ連行された後、拘禁されていた碇シンジのところへ葛城ミサトがやって来きます。

葛城ミサト :
「この二日間、ほっつき歩いて気が晴れたかしら」

碇シンジ :
「別に」

葛城ミサト :
「エヴァのスタンバイ出来てるわ。乗る?乗らないの?」

碇シンジ :
「叱らないんですね、家出の事」、「当然ですよね、ミサトさんは他人なんだから」

葛城ミサトは碇シンジに冷たい口調でエヴァンゲリオンに乗るか乗らないかを聞きますが、碇シンジはその事よりも家出に就いて叱らない事の方が気になるようでした。

家出をしたと言う事に関してだけ言うと叱るような理由はこれと言って無いのですが、家族なら怒るのだろうと言う思い込み(そして、思い込みからの願望)があったのかも知れません。また、葛城ミサトの冷たい口調と仕事の話に重きを置いている態度から「やっぱり葛城ミサトは他人なんだ、仕事の関係上で同居しているだけの他人なんだ」と感じたのかも知れません。

例え、葛城ミサトが、この先、どんなに本気で碇シンジと家族になろうとしたとしても、碇シンジの中に碇シンジが勝手に作り出している「葛城ミサトは一緒に暮らしているだけの他人」と言う壁がある限りは、この「ミサトさんは他人なんだから」は消えないと思います。血縁と言う確かな繫がりを持った碇ゲンドウとの関係すら親子とは言い難い状況で、確実な繫がりを持たない葛城ミサトを受け入れると言う事は怖い事なのかも知れません。他者を求めながらも「他者を受け入れる事で傷付くくらいなら」と最初から自分の前に壁を作ってしまっているところがあって自分から他人を求めては行かないのかも知れませんが、ただ、家族を求めるのであれば自分で作った壁は自分で取り払い心を開かなければ...それは手に入らないと思います。(実際に碇シンジが望んでいるのは優しい他人、自分にとって都合の良い他人なので、今の碇シンジであれば例え本当の家族であっても「どうして優しくしてくれないんだ」となってしまうのだろうと思います。先ずは「都合の良い他人」と言う幻想を捨てて他人と向き合うところから始めるべきなのかも知れません。)

碇シンジ :
「もし、僕が乗らないって言ったら初号機はどうするんですか」

葛城ミサト :
「レイがのるでしょうね」、「乗らないの?」

碇シンジ :
「そんな事出来るわけないじゃないですか、彼女に全部押し付けるなんて。だいじょぶですよ、乗りますよ」

葛城ミサト :
「乗りたく無いの?」

碇シンジ :
「そりゃそうでしょ。だいち、僕には向いてませんよ、そう言うの。だけど、綾波やミサトさんや律子さん...」

葛城ミサト :
「いい加減にしなさいよ。人の事なんか関係無いでしょ」、「嫌ならこっから出て行きなさい。エヴァや私達の事は全部忘れて元の生活に戻りなさい」、「あんたみたいな気持ちで乗られんの、迷惑よ」

碇シンジの「うじうじ」としながらの「嫌々だけど、みんなのために乗ってあげますよ」と言う恩着せがましい態度に葛城ミサトは怒鳴るようにして碇シンジを叱ります。そして、碇シンジを残してその場から去っていました。

それまでは俯いていて虚ろな表情をしていて碇シンジでしたが、葛城ミサトが大きな声を出して怒った時には顔を上げて驚いたような表情を見せていました。

碇シンジは、期待しても裏切られるだけだと思っていながらも、心のどこかでは自分を心配してくれるかも知れないと言う気持ちを他人(葛城ミサト)に対して持っていたのかも知れません。そして、それが甘えた態度として現れていたようにも思えます。

一方の葛城ミサトは、怒鳴るように碇シンジを叱ったところで初めて碇シンジを正すような言葉や自分の気持ちを表す言葉が見られましたが、この家出少年の甘えた態度を容認する態度は最後まで見せませんでした。

第3新東京市を去る碇シンジ

碇シンジは登録抹消。第3新東京市を離れる事になります。これが碇シンジが選んだ事(決断があっての事)なのか、成り行きなのかは分かりません。

車に乗せられて駅へと運ばれている途中、碇シンジは葛城ミサトに一言お別れを言いたいと言い出しますが、碇シンジは既にネルフの人間では無いと言う理由で断られていました。

新箱根湯本駅に到着。そこには相田ケンスケと鈴原トウジが見送りにやって来ていました。

鈴原トウジは以前に碇シンジを殴った事を碇シンジに謝り、そして、自分の事を殴るように碇シンジに言います。碇シンジは言われるがままに鈴原トウジの事を殴っていました。(葛城ミサトとの遣り取りと比べ、子供同士の方が(それとも相手が鈴原トウジだからか)分かりやすいように感じます。)

碇シンジ :
「殴られなきゃならないのは僕だ。僕は卑怯で、臆病で...ずるくて、弱虫で...」

碇シンジが黒服の男に連れられて行く中で相田ケンスケと鈴原トウジに向かって言った台詞です。卑怯、臆病、ずるい、弱虫...碇シンジは自分の事を的確に表現出来ているように思います。

これはこの回だけを見ても多分に感じられるところです。自暴自棄となっている姿を見せ付けたり、中途半端に逃げ出したり、自分の意思を示す機会を与えられながらそれをする事無く、今の場所に留まる理由に他人を持ち出したり...と。

自分で理解していると言う事は、卑怯やずるさに関しては、留めようと思えば自分の中で留められそうなものですが、碇シンジの場合は自分で自分の嫌な部分が分かっていながらも、それを抑えられない事があるようです。

葛城ミサトの事を試すかのような(家出した事や葛城ミサトとの会話の中に見られた)言動もその一つだと思います。碇シンジは自分の意思を言葉には表さずに相手が自分の思うところを察して都合の良いようにしてくれるのをただ待ちながら相手の意識に入る範囲でウロウロと彷徨っているだけのように見えます。自分からは何もせず、心を開かず、相手に優しくして欲しい、受け入れて欲しいと一方的に期待するだけでも十分に卑怯だと言えるのに、そこに相手の事を試している部分も加わるのだとしたら、その卑怯さはかなりのものだと言えるのでは無いかと思います。臆病さや弱さであったり、不安であったりが相手を試すような態度を取らせるのだとは思いますが...。

葛城ミサトと碇シンジ 3

碇シンジがプラットフォームで待っているところに電車が到着します。

到着した電車がプラットフォームから出発する中、そこに碇シンジを迎えに来たと思われる葛城ミサトがやって来ます。葛城ミサトはプラットフォームを出て行く電車を目にして間に合わなかったと思ったようですが...電車が去った駅のプラットフォームには碇シンジの姿がありました。碇シンジは電車に乗らなかったようです。停車した電車の扉が開いた時に碇シンジの脳裏に浮かんだ葛城ミサトの言葉、以前に葛城ミサトに言われた「頑張ってね」の言葉が碇シンジをそこに留まらせたようでした。

碇シンジ :
「た、ただいま」

葛城ミサト :
「おかえりなさい」

葛城ミサトは駅のプラットフォームに残っていた碇シンジに気が付き、碇シンジは自分を迎えに来たと思われる葛城ミサトの姿に気が付きます。葛城ミサトに気が付いた碇シンジは葛城ミサトに「ただいま」と声を掛け、葛城ミサトは碇シンジに「おかえりなさい」と声を返していました。

それは碇シンジが初めて自分から「ここにいたい」と言う意思を相手に伝えた時でした。

ここまでの碇シンジは自分が相手に言って欲しい言葉を待っているだけのように見えましたが、ここでは自分が相手に言いたい言葉を自分から相手へと伝えています。それは少しだけかも知れませんが他人に対して心を開いた瞬間のようにも見えました。

迎えに来た葛城ミサトを見付けた碇シンジが「ただいま」の台詞を言うまでには長い間がありました。

この長い間は、最初に「エヴァンゲリオン」を見た時には「碇シンジらしい」と思った箇所だったのですが、「エヴァンゲリオン」を見て行く内に「エヴァンゲリオン(作品)らしい」と感じるようになった箇所です。

第四話「雨、逃げ出した後」の終わりに

この第四話「雨、逃げ出した後」では「機動戦士ガンダム」を思い出しました。アムロ・レイもホワイトベースから逃げ出し、それでいてホワイトベースを捨て切れずにいましたし、ガンダムは自分で無ければ上手く動かせないと言ったような事も言い出していましたので。アムロ・レイの場合は増長があってのそれだったので碇シンジの場合とはまた違いますが、自分を理解して欲しいと言う部分が感じられる辺りには共通点があるように見えました。

碇シンジは「他人だから」と言う言葉を自分への言い訳にまで使っているように思えます。他人だから優しくしてくれない、他人だから心配してくれない、他人だから理解しようとしてくれない...。ただ、これで肉親が優しくしてくれなかったり理解してくれなかったりした場合には「肉親なのにどうして優しくしてくれないんだ、分かってくれないんだ」などと思うだけであり、結局は碇シンジが自分の態度を見直す事など無いのでは無いかと思います。

碇シンジが今まで得られなかった優しい他人を求める気持ちも分からなくは無いのですが、他人だとか肉親だとか言う話を自分に持ち込む前に、先ずは自分の意思をきちんと持ち、不満に対しては能動的にものを変えて行くようにした方が...「どうしてこう言う態度なのか分かりますか?」と言う問題を相手に出し、「そんな事はどうでも良い」と言う態度を取られ、「やっぱり他人だから」...と、いもしない優しい他人を試しながら探すよりは、余程、前向きなように思えます。母親を求めるよりも自立に目を向けなければいけない時期なのでは無いかと。

(ただ、自立は母親が基盤にあってのそこからの自立であり、碇シンジの場合は母親の保護下からの自立と言う以前にその母親を幼い頃に失っています。碇シンジが自立に目を向ける事が出来ないのはそれが原因になっているのでは無いかと思います。ですが、「僕に自立を求める前に母親の優しさを与えてよ。自立はそれを体験してからなんだよ」と言ったところで、これは既に得られるものでは無く、どこかで見切りを付けなければいつまでも前には進む事が出来ないのでは無いかと思います。碇シンジが...自分の得られなかったものはきっと良いものだったはず...と思い、それを望み続けている間は自立は難しいように思われます。望めば望むほど自立への道を進み始める時期が遅れて行きそうです。(とは言っても、他人に頼らずに自力で自立しなければならないとなれば、それは、鬱の人が「いつまでも鬱ではいけない。今日から元気に生きよう」と思って自力で鬱から脱出するようなものであり、自力での解決は難しい問題であるようにも思いますが。))

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